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TOPC Potentia

教育者であれ

2022年3月18日

ご存知の方も多いと思いますが、弊社ではBeer Bashと称して、弊社の座標軸「TOPC Axis」などを皆で集まり話し合う習慣があります。先月に話し合ったのは、「教育者であれ」というAxisです。仕事を教える際は、基本「何をやるのか」を教えますが、「なぜやるのか」を教えないと、仕事がタスクになり、仕事をする意義を見失ってしまいます。ですので、弊社ではつねに「なぜやるのか」という仕事の意義を大事にします。


そのような中、一人のスタッフが発言しました。「何を教わるかも大事だが、誰に教わるかもとても大事だと思う。尊敬する人に言われた方が、すんなりと受け入れる気持ちになります。と言うことは、教育者、上司になる人間は、尊敬される人間でなければならないと思う。だから僕は尊敬されるような人間になりたいです。」


なるほど、面白いことを言うな、と思いました。私は、「確かに君の言う通りで、リーダーは尊敬されるような人物であるべきだよね。ただ、尊敬されるような人間になろうと思うと、技術力を深め、人格を高め、思いやりを持つなど、越えなければならない高いハードルが幾つもあるよね。それを全部備えようと思うと、途方もないことで、どこから手を付ければ良いのか分からないようになると思う。そもそも、尊敬は、相手が持つ気持ちだから、自分がどうこう出来る話ではないよね。」「僕も若い頃は何度も失敗をしたし、今でも人に尊敬をされているかどうかなんて分からないよ。」


実際、人に尊敬されるというのは非常に難しいことです。ご存知の方もおられるかも知れませんが、二宮尊徳翁は、桜町復興のために、自らの家田畑をすべて売却し、洪水で家が壊れた者の修繕費に充て、他の困った者には無利子で貸し与え、先頭に立って農地改革を指揮しました。しかし、風紀が乱れ、博打を打つことが横行した町では、既得権益を冒されると感じた悪役人、ヤクザ者たちが改革を妨害し、5年経っても改革に成功せず、遂に尊徳は桜町から逃げ出しました。自らの資産から困窮する農民を救ってもなお、「どうせ裏で出世が約束されているのだろう。」などと、尊徳の行動を勘繰って見る輩が多くいたのです。尊徳ほどの人格者ですら、5年をかけてなお農民の尊敬と信頼を得ることが出来なかった訳です。それくらい、組織単位になると、教育というのは難しいものなのです。


桜町を逃げ出した尊徳ですが、その後成田山に籠り、本当に桜町の復興に私心が無かったか、21日間、不動明王と対峙したそうです。逆に、桜町では尊徳がいなくなったと大騒ぎになったそうです。頑強に改革に反対していたヤクザ者が、初めて「尊徳がいなくなったらこの村はどうなるのだ。」と考え、その存在の大きさに気づき、今までの行いを恥じるようになったのです。寺籠りが終わった尊徳を迎えたのは、今まで改革に協力的だった者だけでなく、ヤクザ者も一緒だったそうです。5年以上、私心を無くし民のために尽くし、やっと心が通じたのでした。その後桜町が復興したのは言うまでもありません。


私は、皆に語り掛けました。「尊敬されるかどうかなんて分からない。でも僕は一つだけ、今からでも確実に実践できて、きっと部下や顧客の信頼を集めることが出来る方法を知っているよ。」皆、何を言い出すのだろう、と固唾を飲んでいるのを見た後、続けました。「それは、常に部下と顧客の成長を願い、そのために自分が何を出来るのか、考え続けることなんだよ。」「自分がそこから何を得るかを考えるんじゃない。常に部下、顧客、周りの人たちの成長を考え、実践を続けること。自分を捨てて、人のために尽くすから、人の心を動かすことが出来るんだよ。」「うちの社是を思い出して欲しい。Empower Company, Empower You - 人と会社を強くする。つまり、社員、会社、周りの人々全ての成長のために自分が何が出来るのかを考え続け、実践を続ける。それこそが社是の意味なんだよ。だから、教育者である、ということは即ち、社是を体現していることなんだよ。」


私は過去に、教育を「教育をする」ことだと思い込んでいました。当時としては一生懸命だったと思いますが、ひたすら技術論を並べ、「何をやるか」ばかり教え「なぜやるのか」という仕事の意義を教えていませんでした。そして、そもそも「リーダーとしての心構え」がありませんでした。TOPCのような小さな会社に来てくれた、そのことへの感謝を忘れ、仕事が出来ないことへの不満が先行し、自らの利益を常に考える人間でした。教育というのは、「教育をする」ことよりも、「教育者である」というのが何より大事です。実際に自分の行動が報われる保障などどこにもありません。むしろすぐに報われることの方が少ないでしょう。しかし、上司にできることは、社員の未来を見据え、そのために自分が出来る全てをやり抜くことなのです。「至誠の感ずるところ、天地もこれがために動く。」 4年前、二宮尊徳翁の話を聞いて以来、ずっと胸に秘めている言葉です。社員が理解するか、そうでないかではありません。ただ正しいと信じることを誠意を持って伝え続ける。これが「教育者である」ということなのです。

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